長州 in TOKYO 第2回 

今回は、皆さん手を洗って身を清めてからご覧ください。

南千住駅のすぐ近くにある、小塚原回向院(こづかっぱらえこういん)という所に、吉田松陰のお墓があるので、取材に行きました。

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調べてみると、安政の大獄で処刑された吉田松陰の遺体を、江戸在住の門下生たちが苦労して引き取り、この場所に最初に埋葬したのだそうです。

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お墓の後ろには、「明治維新勤王烈士諸英霊」とか、「故吉田松陰先生祥月命日」とか書かれた札が。

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お墓の前には、ずらりと墓石が並んでいて、これらは、松蔭の門下生の皆さんのものだと、通りがかりのおっちゃんが教えてくれました。

合掌。

ちなみに、ここに埋葬された後、同じく門下生であった高杉晋作たちの手によって、世田谷にある松陰神社に改葬されたほか、毛髪の一部が、故郷、萩にある松蔭のお墓に埋められているそうです。

元々ここ小塚原回向院は、身元不明の病死者や処刑された人の供養のために開かれたお寺で、杉田玄白らが遺体の解剖を行い、有名な「解体新書」の作成に大きな役割を果たした場所でもあるらしいです。

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こうしたものが身近にあると、昔、嫌いだった歴史の勉強にも、少し興味がわいてきたような気がします。

 



 

投稿されたコメント[2] 

ほほう。

深夜殿レポート有難うございます。
ここロスでも、先日なぜ世田谷に松陰神社があるのか、
質問されましたが、謎が解けましたわ。

引き続き、身近な長州inTokyoの話題をお願いします。

「賢は歴史から学び、愚は経験から学ぶ」らしい、
お互い賢者になろうでよ。



お墓が南千住だったのね。
長州ファイブのゆかりの地とかもどっかにあるかな。



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